モノの所有欲求から空間所有・時間所有欲求へ
コーポレートセンター・・・野田花子
関西から転勤のため東京に来て、念願だった一人暮らしができると胸躍らせたのは10数年前のことになる。会社が用意してくれた借り上げマンションは、6畳にユニットバスとミニキッチンという典型的な単身者用のワンルームマンションで倹しいものであったが、私にとっては夢の城であった。だが半間×半間という限られた収納スペースだったため、実家から持ってきた衣服や物をどう整理するかは重大問題だった。そんな中、救世主となってくれたのが近所のクリーニング屋さんだった。衣替えの季節にまとめてクリーニング屋に衣服を出すのだが、仕上がり期日を過ぎても私の収納事情を知ってか知らずか、店からは受け取りに来いという催促もなく、また私もついつい受け取りを先延ばしにして、次のシーズンまで預けたままということが繰り返された。少々後ろめたい気持ちと、なんて寛大なクリーニング屋さんなのだろうという感謝の気持ちが入り混じった複雑な心持ちでそのクリーニング屋の前を行き来していた。
今、こんな顧客の潜在ニーズを顕在化した「衣服の保管サービス」が、クリーニング業界の新しい取り組みとして注目されている。首都圏を中心に約180店舗を運営するクリーニングチェーン大手の喜久屋(東京都足立区)は、季節衣料のクリーニングをネットで受付け、宅配で集荷し、顧客の希望日まで長期無料保管するサービス「e-closet」を展開する。往復の配達料金は1,785円で、クリーニング料金が1万円以上の場合は無料。店頭に持ち込むより3〜6割高いが、ネット受注により全国に顧客を広げ、2006年4月期の年間利用件数は6500件、2007年4月期は倍増を見込む。
この「e-closet」サービスは、収納スペースの狭さに対する切実な悩みや、衣替え時に大量の衣料をクリーニング店に持ち込む労力を軽減したいという顧客ニーズに応えると同時に、サービスを提供する企業側にも閑散期の設備の稼動率を上げることができる、という大きなメリットがある。衣替えの季節である4月の設備の稼働率を100とすると、2月、8月の稼働率は55ぐらいまで下がるが固定費は年間通じて変わらない。衣替え時期に衣料を預かり、温度や湿度を徹底管理した専用のウエイティングルームで寝かせ、閑散期に洗濯することでクリーニング業界にとっての悩みの種である「稼働率の平準化」という課題克服が可能となった。2006年5月からは、一般衣料より収納スペースの確保が困難な布団、ブーツの取り扱いをスタートさせ、さらに需要拡大を狙っている。顧客のニーズと企業のニーズが一致したマーケットアウトサービスと言えるだろう。
一方、コインランドリー業界にも新しい動きがある。大型のコインランドリー店が急増しているのだ。厚生労働省によるとコインランドリーの施設数は2005年度に13,746店舗で、10年間で5割増加している。業界によると全施設数のうち約30%は大型洗濯機・大型乾燥機を備えた50u以上の店舗が占める。衣替えや梅雨の季節など、洗濯物が大量に出たり溜まったりする際、家庭の洗濯機を何回も回して家事に時間をかけるより、コインランドリーの大型洗濯機と乾燥機を利用して短時間に済ませ、浮いた時間を有効に使いたいというニーズが高まっている。またハウスダストや花粉にアレルギーを持つ人が増加し、布団や毛布を定期的に洗いたいというニーズが高まる中、大物の洗濯はコインランドリーを利用した方がクリーニングに出すよりコスト的にも安くあがる場合も多い。顧客は家事にかかる時間や支払う料金をよく考え、賢く「使い分け」を行っているのだ。また最近はこういった顧客の動きに応え、コインランドリーでの待ち時間を有効に、居心地よく過ごせるカフェ併設店舗も登場し、人気を集めているという。
あらゆるモノが手に入り、豊かで便利になった日本の生活者の欲求は、モノをもっと所有したいということから、自分が日常過ごす居住空間や自由にできる時間をいかに創り、そしていかに居心地よいものにするかということに確実にウエイトが移ってきている。このような生活者の意識変化の中に、マーケットアウトビジネスの種は無数にあるのではないだろうか。